楊再興(よう・さいこう。?-一一四〇)
楊再興は賊曹成の将なり。紹興二年、岳飛が曹成を破り、莫邪関に入る。第五将韓順夫が鞍を外し甲を脱ぎ、虜の婦人に酒を饗さす。再興は衆を将いて直ちにその営に入り、官軍を退け、順夫を殺し、また岳飛の弟岳翻を殺す。曹成敗れ、再興走り躍るも谷に入り、張憲之を殺すを欲すも再興曰く「願わくば我を執るに岳公に見えん」ついに縛を受ける。岳飛は再興に見え、その貌の奇にるをもってこれを釈し、曰く「吾汝を殺さず。汝忠義を以て報国に当たれ」再興謝して拝す。
岳飛は襄陽に屯して中原に企図し、再興は西京長水県の業陽に遣わされて孫都統および統制満在を殺し、五百余人を殺して将吏百人を俘えた。余党は奔潰する。翌日、孫洪澗にて再戦、その衆二千を破り、長水を復して糧二万石を得てもって軍民に給し、また悉く西京の険要を復す。また偽斉の留所から馬万匹、芻粟数十万を得る。中原響き応ず。また蔡州を復し、賊の糧を焚く。
岳飛が金人を郾城に敗ると、ウジュ怒り、竜虎大王、蓋天大王および韓常と合してこれに兵を逼らす。岳飛は子の岳雲を遣わして敵に当たらせ、鏖戦すること数十合、敵支えるあたわず。再興単騎を以てその軍に入り、ウジュを擒えようとして獲ず、手ずから数百人を殺して還る。ウジュ甚だ憤り、力を併せてまた攻め来りて、兵十二万を以て臨潁に屯す。再興三百騎をもって敵と小商橋に遭い、驟せてこれと戦い、二千余人を殺し、萬戸撒八悖謹(悖謹のりっしんべん、ごんべんは無し。金の官名)および千戸百人を斬る。再興は戦死し、後その屍を獲てこれを焚くと、箭鏃二升が得られたという。

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